和歌山地方裁判所 昭和45年(レ)8号 判決 1972年10月25日
控訴人 (被告・反訴原告訴訟告知人) 原野喜久雄
右訴訟代理人弁護士 河村公夫
同 吉田一雄
同 中谷鉄也
被控訴人(原告・反訴被告) 杉原進
右訴訟代理人弁護士 鈴木俊男
訴訟被告知人 株式会社第三相互銀行
右代表者代表取締役 三浦道義
主文
1、原判決(本訴請求に関するもの)を次のとおり変更する。
別紙目録(一)の土地と、同(二)の土地との境界は、別紙図面中の(イ)点と(ロ)点を結ぶ直線であることを確定する。控訴人(被告)は、被控訴人(原告)に対し、別紙目録(四)の土地を明渡せ。
被控訴人(原告)のその余の本訴請求を棄却する。
2、別紙目録(三)の土地は反訴原告(控訴人)の所有であることを確認する。
3、訴訟費用は第一・二審、本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴の趣旨
1、原判決を取消す。
2、被控訴人(原告)の請求を棄却する。
3、訴訟費用は第一・二審とも被控訴人(原告)の負担とする。
二、控訴の趣旨に対する答弁
1、本件控訴はこれを棄却する。
2、控訴費用は控訴人(被告)の負担とする。
三、反訴請求の趣旨
主文第二項と同旨(但し、面積は計算違いと認める。)
四、反訴請求の趣旨に対する答弁
1、反訴原告(控訴人)の請求を棄却する。
2、反訴費用は反訴原告(控訴人)の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
第一、本訴請求(境界確定、土地明渡の各請求)について
一、別紙目録(一)の土地と同(二)の土地は、もと訴外木下藤一(以下訴外木下という)所有の和歌山市北島字新畑五〇五番一、および同所五〇五番二の土地であったが、昭和三〇年一二月一四日合筆され、同所五〇五番一の一筆の土地となり、即日更に分筆された結果として生じたものであり、両地は互に接していること、被控訴人は昭和三〇年二月二六日別紙目録(一)の土地を、控訴人は昭和三三年六月三〇日別紙目録(二)の土地をそれぞれ訴外木下より買受け所有権を取得したこと(但し、双方共、自己主張の境界を前提として相手方の当該地番の土地の所有権取得を認めるにとどまり、別紙図面(イ)―(ロ)線と(ホ)―(ハ)線にはさまれた具体的な土地すなわち別紙目録(三)の土地については相互に売買および所有権取得に争いがある。)、控訴人が別紙目録(三)および同(四)の土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
二、そこでまず被控訴人と訴外木下間の売買の目的物たる土地の範囲について判断する。
1、≪証拠省略≫を総合して、次の事実を認定することができる。
(一) 被控訴人は昭和二九年一二月頃、同人所有の別件土地を和歌山市立野崎小学校講堂用地として、同講堂建設委員会に譲渡し、この代替地として右委員会の仲介により、訴外木下より同人所有の和歌山市北島字新畑五〇五番畑七五〇坪のうち、被控訴人の希望する部分六〇〇坪を譲受けることになって同年一二月九日付で右委員会との間にその旨の売買契約書を作成した。
(二) 訴外木下は昭和二九年七月、父豊吉の死亡によりその遺産を相続したが、右新畑五〇五番の一、二のほか同所続五〇九番の乙、同所続五〇九番三、同所五〇九番一二はいずれも右遺産に属するものであるところ、訴外木下は、これら土地の形状と公簿上の地番の関係を十分に把握していなかったうえ、同所続五〇九番乙の土地と、右五〇五番一の土地とは地続で共に畑地であり、その間に境界標識となるべきものも何ら存しなかったので、誤って右続五〇九番の乙も右五〇五番一の土地の一部であると考え、被控訴人も、この部分を含めて右五〇五番一の北端から六〇〇坪の土地を希望した。
そこで訴外木下は、別紙図面の土地中、同図面(ホ)―(ハ)線の付近にたまたま巾二尺程度の農道ないしは畦畔があり、その農道の中ほどに野井戸があって同図面の土地が北西と東南に分けられる形状にあり、しかも同図面中続五〇九番の乙とある部分を東南部に含めると、およその見当で、約六〇〇坪あると思われたので、売却土地として別紙図面中、(A)、(B)、(ニ)、(ハ)、(ホ)、(A)の各点を順次結んだ範囲内の土地と続五〇九番の乙とある土地とを指示した上、これを一括して「同所五〇五番一畑約六〇〇坪」という表示で昭和三〇年頃(左記移転登記前)被控訴人に現実に引渡した。
ついで、訴外木下は被控訴人との間の右売買土地について農地法三条による許可申請手続と併行して昭和三〇年二月二六日付で訴外木下と被控訴人間の正式の売買契約をし、同年一二月一四日、前記のとおり合、分筆を登記した上、即日右五〇五番一、一九八三平方メートルについて右売買による所有権移転登記をし、売買代金の授受を了したものである。そして別紙図面の(ホ)―(ハ)線より西南の残地即ち別紙図面(ホ)、(ハ)、(ロ)、(C)、(イ)、(ホ)の各点を順次結んだ範囲内の土地は、訴外加藤恒治にこれを耕作させていたが、昭和三三年二月頃、後記のとおりの経緯でこれを控訴人に売渡した。
(三) ところが訴外木下は、昭和三六年に至り、被控訴人に対して引渡した土地の一部は同所続五〇九番の乙の地番の土地にあたることに気付き、かかる地番の土地は売っていないと主張し、被控訴人にその明渡を求めるに至ったが、被控訴人は、昭和三〇年に引渡をうけてから昭和三七年まで、右土地を前記買受土地の一部として耕作していたのである。
2 右の事実によれば、訴外木下と被控訴人間の右売買の目的物は、訴外木下が昭和三〇年頃被控訴人に別紙図面中の(ホ)、(ハ)、(ニ)、(B)、(A)、(ホ)の各点を順次直線で結んだ範囲の土地および同所続五〇九番の乙に当る土地を引渡したときこの部分に特定されたものと解するのが相当である。従って控訴人が前記売買で所有権を取得した土地の範囲は、右引渡をうけた部分で、別紙目録(四)の土地はこれに含まれる。しかし、別紙目録(三)の土地は売買の目的物ではなく、被控訴人はその所有権を取得していない。被控訴人と訴外木下間の右売買で右五〇五番一、一九八三平方メートルと表示し、かつ同土地について、右売買による被控訴人名義の所有権移転登記をしても、それは誤ってしたものであって、売買の目的物の特定を左右するものではなく、別紙目録(三)の土地について被控訴人が所有権を取得するものではない。(かえって、被控訴人は訴外木下に対し、前示続五〇九番の乙を買受けていることを理由に売買契約の履行ないしは、履行不能に基く損害賠償を求めるべきである。)
3、被控訴人は、本人尋問で、同人が引渡を受けた右土地の西南の隣地の耕作をしていた訴外加藤恒治、あるいは松の木を植えに来た控訴人の家の者に、被控訴人買受の土地の範囲は、測量の結果いかんでは、もっと西南の方まで及ぶかもしれない旨警告したと述べているが、右供述は≪証拠省略≫によって認められる事実、すなわち、被控訴人は訴外木下より同所続五〇九番の乙の土地の明渡を訴求されたとき(和歌山簡易裁判所昭和三七年(ハ)第八四号)その請求に対する答弁の中で、既に認定した事実と同趣旨の答弁をしており、しかもその買受土地の範囲については、何の留保もしていない事実に照らして、採用できない。
又、証人木下藤一は、控訴人に別紙目録(二)の土地を売却するに際し、同地の範囲は、被控訴人に売った部分を東北から六〇〇坪測ってみなければわからないとして、別紙図面中(ホ)―(ニ)線を基準にして二間の巾を以って説明した、というのであるが、前掲各証拠にてらし採用できない。又、右証人の続五〇九番の乙の土地は被控訴人に売っていない旨の証言も採用に価しないことは既に述べた通りである。他に前記認定をくつがえすに足る証拠はない。
三、境界の位置
1、いわゆる境界確定の訴は、土地の所有権の範囲を確定することを目的とするものではなく、相隣接する土地の地番と地番の境界線が不明なため、争いのある場合、裁判によって新たにその境界線を確定することを目的とするものである。従って、不動産登記法によって分筆手続が行われた場合には、その分筆によって隣接地の境界がどのように画されたかを確定するものであって、分筆手続に伴って所有権の変動があった場合においても、その所有権の範囲を確定するものではない。もっとも、多くの場合右両者は一致するものと主張して訴が提起されるので(本訴でも同様である)、その主張が事実として認められるときは、あたかも右両者とも確定されるようにみえるが、法律上は、その場合でも所有権の帰属やその範囲を確定しているのではない。
本件においては、前述のとおり、別紙目録(一)の土地と、同(二)の土地は、もと和歌山市北島字新畑五〇五番一と同所五〇五番二の二筆であったが、昭和三〇年一二月一四日合筆され、同所五〇五番一となり、即日更に分筆して、右(一)と(二)の二筆の土地となったものであるので、この分筆による境界線がどこかを判断する。
(一) ≪証拠省略≫の和歌山地方法務局備付地番図によれば、前記五〇五番一と五〇五番三を示す同図面は、原審における検証の結果にてらすとき、現地の土地の区画状況とは、細部において必ずしも一致するものではないが、同所五〇五番一、および同所五〇五番三の土地を合わせた部分(すなわち、合筆後分筆前の同所五〇五番一の土地)の形状とほぼ等しいことが認められるところ、同図面における右両地の分割線は、別紙図面(ホ)―(ハ)線の位置よりもはるかに西南側に引かれていることが認められる。
(二) つぎに、面積の点を考えると、右分筆により生じた別紙目録(一)の土地の公簿面積は一九八三平方メートル、別紙目録(三)の土地は、同じく三〇〇・八二平方メートルであるところ(この点は当事者間に争いがない)原審鑑定人栂野正春の鑑定(第二回)の結果によれば、右(一)および(二)の土地の実測面積の合計が二二七二・〇三平方メートルあることが認められ、右(一)および(二)の土地の公簿上の合計面積二、二八三・八二平方メートルと僅か一一・七九平方メートル(約〇・五%)の差にすぎない。
(三) しかして≪証拠省略≫によれば、訴外木下が昭和三〇年二月一五日、前示五〇五番一畑二反三畝一歩(前記合筆後分筆前の土地)を分筆して東北から六〇〇坪の面積のある土地とするため(前記認定のように、訴外木下は当時別紙図面(ホ)―(ハ)線の北東側の土地全部で約六〇〇坪あり、それが右五〇五番一の土地であると考えていたので、分筆手続をする司法書士等に対し、上記のように指示したものと推認できる。)右二反三畝一歩を新たに五〇五番一畑二反歩と、五〇五番三畑三畝一歩とに分筆したことが認められる。即ち右分筆は別紙目録(一)の土地である右五〇五番一畑六〇〇坪を作り出すことを目的としたものである。
2、以上の事実によれば、別紙目録(一)の土地と同(二)の土地の境界線は、右五〇五番一の土地の実測面積が六〇〇坪(一九八三平方メートル)となる線であるとするのが相当であって、≪証拠省略≫によれば、右五〇五番一の実測面積を一九八三平方メートルとする線が、別紙図面中の(イ)―(ロ)線であることが認められるから、これを右両地の境界と定める。
(当事者適格の判断)
被控訴人は別紙目録(一)の土地につき登記簿上の所有名義人であり、かつ実体的所有権の範囲もその全部に及ぶ旨主張し、控訴人は別紙目録(二)の土地の登記簿上の所有名義人であり、かつ実体的所有権の範囲もその全部に及ぶ旨主張しており、更に右(一)と(二)の土地が相隣接していることは、前記認定のとおりである。しかして右(一)と(二)の土地は、控訴人と被控訴人とが所有し―その限界線がどこかは別として―他に所有者のないこと、右両地の公法上(地番上)の境界に争いがあって、その位置が不明であること前説示のとおりである以上、かかる両者は、境界確定訴訟の当事者適格を有するものと解するのが相当である。けだし、本件では、既に述べたように、公法上の境界と土地所有権の限界が一致しないが、控訴人、被控訴人間で、所有権の限界とは別に不動産登記法上の地番の境界を確定することは、(1)地番の境界は、公法上の意義があるだけでなく、他面、登記によって表象されている土地所有権―実体的権利の有無は別として―の境界範囲即ち、所有権の表象たる登記―この点で登記には私法上の意義がある―の及ぶ境界範囲を明らかにすることとなり、(2)両当事者が登記簿上所有名義を有している土地の範囲即ち、公法上の境界と各自の実体的所有権の及ぶ限界とを確定することによって、実体と登記が符合していない土地部分を明らかにすることとなる(ひいては、実体と登記とを一致させるため分筆手続を行うに際して両者間の争いをなくすることになる)意味で、登記名義人にとって、これを確定することについて私法上の利益があることになる。のみならず、(3)本件のような場合、当事者適格がないとすると、本案判決ができないということになるが、当事者適格判断のためには実体的所有権の限界と地番相互の境界の双方を判断しなければならないので、結果として、境界確定の実体的審理が終って、地番相互の境界が判断されるに拘らず、本案判決ができないことになり、そのこと自体不合理である上、かかる場合の却下判決は、理由中において実体判断をしていても、後訴を拘束するものではないから、再訴によるむし返しは避けられないところとなり、境界確定訴訟の存在価値を低めることになるからである。
四、以上によれば、別紙目録(一)の土地と同(二)の土地の境界は、別紙図面中の(イ)―(ロ)と定めるのが相当であり、土地明渡の請求については既述の如く、別紙目録(三)の土地については、被控訴人の所有権取得を認めることができないから、抗弁事実についての判断をするまでもなく理由がないのでこれを棄却し、別紙目録(四)の土地については、理由があるので、この限りにおいて被控訴人の請求を認容するのが相当である。
第二、反訴請求(所有権確認請求)について
一、まず、控訴人と訴外木下藤一の間の売買の目的である土地の範囲について判断する。
1、≪証拠省略≫ならびに前記第一の二1で認めた事実とを総合すれば、控訴人が昭和三三年六月三〇日、訴外木下より買受ける意思を表示した土地の範囲は、別紙図面中の(C)、(ロ)、(ハ)、(ホ)、(イ)、(C)の各点を順次結んだ範囲内の土地で、当時、売主たる訴外木下が、控訴人に対し、現地において右のとおり指示して引渡したこと、そして右両名は、これを和歌山市北島字新畑五〇五番三宅地三〇〇・八二平方メートルおよび同所続五〇九番三宅地五八坪と表示したものであること、右続五〇九番三宅地五八坪は、登記簿上記載があるのみで、現実には存在しない土地であって、右指示引渡をした土地は右五〇五番三宅地三〇〇・八二平方メートルと、同所五〇五番一畑一九八三平方メートルの一部たる別紙目録(三)の土地であることが認められる。
2、右事実によれば、訴外木下と控訴人間の右売買の目的物は、訴外木下が別紙図面(C)、(ロ)、(ハ)、(ホ)、(イ)、(C)の各点を順次結んだ範囲内の土地を指示して引渡したとき、この部分に特定したと解するのが相当である。従って控訴人が右売買で所有権を取得した土地の範囲は、右引渡をうけた部分で、別紙目録(三)の土地は、これに含まれる。控訴人と訴外木下間の右売買で、右五〇五番三と右続五〇九番三という地番を表示しても、それは誤ってしたものであって、売買の目的物の特定を左右するものではない。結局、控訴人は右売買によって、別紙目録(三)の土地の所有権を取得したことになる。≪証拠判断省略≫
二、被控訴人の抗弁については、既に述べたとおり、同人において、別紙目録(三)の土地を買受けた事実が認められないから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三、よって控訴人の反訴請求は理由があるから、これを認容するのを相当とする。
第三、結論
以上のとおり、本訴請求のうち、原判決は境界確定請求については、結論において正当であるが、土地明渡請求についてはその一部において理由があるにとどまるので、この限りで原判決を変更し、反訴請求については理由があるから、これを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第九六条、九二条、八九条を適用し、第一、二審、本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤利夫 裁判官 塩谷雄 宮森輝雄)
<以下省略>